
クロハゲワシ太郎」喪中
平成18年4月1日、動植物園に着任早々、「クロハゲワシ」の様態が急変した。「数ヶ月前から食欲がなかった」と獣医から報告を受け、愕然となった、たしかに弱っていた。獣医の懸命の治療の甲斐なく4月4日未明に「クロハゲワシ太郎」は他界した。
この太郎とは10年前に動植物園に勤務していたときに出合った。福岡動物園からブリーディングローン(種の繁殖保存を目的に動物を借用する行為)により、婿入りした太郎を迎えに行ったのが私であった。
この相手方の経歴がすごい、お嫁さんは「若子」という。若子は平成7年に五島若松町で負傷疾病鳥獣として当園のレスキューセンターで治療保護飼育を開始した。このクロハゲワシはヨーロッパ南部からトルコ中央アジアに分布するタカ目、タカ科の鳥である。翼長が3mを超える大型の鳥で、日本ではこのような大型の鳥には、お目にかかることはない。
どうして県内で保護されたのか、おそらく、大陸からの偏西風に乗り迷鳥として長崎県五島若松に飛来したものであると分析をしていた。予期せぬ珍客にマスコミ各社もこぞって報道を開始、ときならぬクロハゲワシ騒動で県内は騒然となったことを記憶している。
その後、保護されたクロハゲワシは順調に回復していった。保護鳥獣は原則として自然に放鳥するのが鉄則である。しかし、レスキューゲージで1年間近く保護飼育していたことで獲物を取る能力が果たしてあるのか。県内で放鳥しても原産地へ戻れず、国内で迷鳥になる可能性が高いのではないか。などの不安は誰の目にも明らかであった。原産地のヨーロッパ南部まで運んで放鳥するのが最善の方法であることはわかっていたが、当時の状況では無理であった。
それなら、動植物園を第二の故郷とし、西海国立公園の九十九島の島々が見えるこの地を安住の地にしてやろうと飼育職員の決断が一致した。
長崎県の夢づくり支援事業の応援もあり、新品の獣舎も出来上がり最初の家主として「若子」は入居した。次は「若子」の婿取り作戦を開始した。そこで、白羽の矢が立ったのが福岡動物園の「太郎」だったのです。
福岡動物園まで迎えに言った際に、先方の飼育技師との別れ際に太郎に一言、「相性がよければ繁殖できるかもしれないな。頑張れよ!」と太郎に言葉をかけてくれたのが印象深く記憶に残っている。
平成9年4月16日、入籍式、新居の落成式を行い。「太郎と家主の若子」の新婚生活は始まった。展示ゲージでは餌の鶏肉を仲良く食べ、時として3mもある翼を広げて見せるなど入園者サービスに頑張ってくれた。展示獣舎の前はいつも人だかりで一杯だった。
繁殖までは至らなかった。飼育担当者からは「太郎はおとなしい」「若子には頭が上がらない」など入婿なので遠慮しているのかな。それでも飼育員の愛情をもった飼育が続き、相変わらず入園者からは人気者の「太郎」であった。
享年23歳(福岡動物園には生後推定3年目で入園し10年間の飼育ののち本園で10年飼育されている。1年で3歳年をとるとして。)人間でゆうなら70歳、野生では20年弱、生存するといわれているから、長生きした方と獣医は言う。
「太郎」の49日法要は5月22日。生ある間、来園者に多くの感激と驚きを与えてくれた太郎ありがとう。安らかに眠ってください。来園者の皆様方もできるだけ、ゲージの前で冥福を祈っていただければ幸いです。 合掌・・・。
平成18年5月20日
企業立地・観光物産振興局 動植物園
Copyright(C) 2008 Sasebo City office. All Rights Reserved.